ÈÇÓ×ÅÍÈÅ ßÇÛÊΠ- ßÏÎÍÑÊÈÉ
STUDY LANGUAGES - JAPANESE

8. JLPT


Menu JLPT / 2005: JLPT-1 (N2-N1)
Japanese language proficiency test
011 - Task 3
Grammar and Reading

 
問題Ⅲ 次の(1)から(5)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして最も適当なものを1・2・3・4から一つ選びなさい。
  (1)私には、ひとをほめるクセがある。「ひと」というのは、芸術家諸君のことだ。これ は、私の心がひろいからではなく、せまいからである。どうしても、ほめられない相手もあるが、少しでも美点を発見するように努力すれば、たいがいはほめられる。たとえ ひとを傷つけても、正しい見解を主張するのが、批評の厳格さであろうが、なかなかこの原則が守れない。守れないというのは、私の心が狭い、弱いからであろう。やっつけやろうと、攻撃だけを心がけるのも、実に狭いやり方であるが、万事ホドホドに、あたりさわりのないようにというのも、よくないと思う。私は時によると、かつて自分の作品を非難した仲問の作品に対して、ことさら甘い点をつけることがある。これは、 自分をやっつけた相手に対しても、寛大な態度を示したい、つまり自分の心のひろさを証明したいためであり、結局は心のひろさではなくて、心のせまさを暴露していることになる。
(武田察淳「武冊泰淳全集第16巻己による)
(注)あたりさわりのないように:無難に
問(1)  ①「この原則」とは筆者のどのような態度を指すか。
     1.芸術作品の批評をする時、少しでも美点を見つけようと努力する態度。
     2.芸術作品の価値を見極めるため、枇評を行う際の厳しさを失わない態度。
     3.芸術作品の批評をする時、作品だけでなく芸術家を決して傷つけない態度。
     4.芸術作品の真の価値にかかわらず、常に厳しい批評や主張で攻撃する態度。
  
問(2)  ②「よくないと思う」とあるが、筆者は個がよ《ないと愚っているか。
     1.厳密な評価ではなく、甘めの評価を示すこと。
     2.批判されたことがある相手の作品を攻撃すること。
     3.批評において、常に正しいと思う見解を伝えること。
     4.厳しい評価によって、自分の能力の高さを証明すること。
  
  (2)親孝行という話をすれば、私はいろんな人に、子供に期待するなよ、ということを言うんですね。なかば冗談なのですが、子供は親孝行なんかする必要ないんだと。なぜかといえば、子供が生まれる前、そして生まれた瞬間、それから六つ七つぐらいまでのあいだに、子供は親に生きる喜びというものを十分与えつくしているのだから、というふうに言うのです。
    昔、私の友人でも、生まれる子供の名前を一生懸命に考えて、暇があればノートに書きつけているような男が、おりました。そのことは彼の生きていく上でのひとつの喜びだったと思います。そして子供が生まれる。そのうちに片言でパパ、なんて言ったりす る。それから歩くようになる。(中略)幼稚園にはいり、小学校にあがる。子供の誕生から成長の過程のなかで、そのつど両親は言葉につくせないほどの人生の喜びというものをあじわいっくしているんじゃないかと思います。
                                       (五木寛之「人生の目的』による)
問(1)  筆者の考えと合うものはどれか。
     1.親は子供に親孝行を期待してもよいが、子供が十分成長するまで待うべきであろう。
     2.親は子供が幼い時に愛情を与えつくしたのだから、子供が親孝行するのは自然であろう。
     3.子供は幼いころに親に対して生きる喜びをすでに与えておリ、それが何よりの親孝行であろう。
     4.子供の成長長は親にとって生きていく上で喜びだが、子供の側も親が喜ぷように孝行するべきであろう
  
(3)ほんの一昔前まで運動中に水を飲むことは、よくないとされていました。かなり長時 間の厳しい迷動でも水を禁止していたのです。水を飲むことで疲労が増し、胃腸にも悪い、という"理由"でしたが、実は根性(注)論がその背景にあったのです。安易に水を飲むようでは最後まで頑張れるはずがない、強くなれないというわけです。
     しかし、今口では水は飲みたい時に飲みたいだけ飲んでよい、という考えに変わってきました。飲みたいのは、からだが要求しているのだ、という考えが背景にあります。
                                        (藤原健固「歩きの科学」による)
(注)根性:困難に負けない強い意志
問(1)  この文章の内容に合っているものはどれか。
     1.今は運動中に水を飲んでも根性がないとは言われない。
     2.今では運動の激しさによって水を飲む量が決まっている。
     3.昔から運動中に水を飲むのはからだにいいと言われてきた。
     4.今より昔のほうが長時間の厳しい運動に耐えられる人が多かった。
  
正文言語は人間に与えられた最上で最良の贈物であって、その贈物の大部分は本を媒介として人間に示されているんですね。本にまさる媒介物は将来も現れないでしょう。ですから、本の運命は厳しいなんてことを言う人もいますが、僕はそうは思わない。断言してもいいんですけど、本は絶対になくならない。本がなくなる時、書記言語のなくなる時です。その時、人間はたぶん別の生き物になっているでしょうね。
(井上ひさし「本の運命」による)
(注1)媒介:二つのものの間に立って、関係をつけること
(注2)書記言語:書かれた言葉
問(1)  筆者は、なぜ「本は絶対になくならない」と考えているのか。
     1.本だけが人間の言葉を正しく伝えるものだから
     2.人間の使う書記言語はいつかなくなるものだから
     3.本の運命が厳しいというのは一時的なものだから
     4.本は人間にとって、言葉を伝える最もよい手段だから
  
(5)日本人は「察し合い」の会話をすると言われている。「察し合い」とは、言葉で表現されなくても相手の気持ちや状況を想像してお互いに理解し合うことである。次のグラツは文化庁が2002年1月に行った世論調査で「察し合い」の会話についてたずねた結果である。
それによると、「ア: これからも察し合いの文化を伝えていくべきだ」と考えている人は少なく、どの世代も20%未満で、40代が最も少なかった。また、どの世代も 10-20%が「イ: 誤解を招くこともあるので、相手に「察し』を期待しない方がいい」と考えており、「ウ: これからは、きちんと言葉に出して言うべきだ」と考えている人 がさらに多いことを考えると、これからは「察し合い」の会話が減っていくのではない かと思われる。
40代、50代では約40%が「ウ」と回答しているが、「ア」の回答数と合わせて考える と、「察し合い」の会話に一番否定的なのは40代だと言えそうだ。
それに対して、10-30代では「エ:相手や状況によって、察し合いの会話をするかど うか使い分けるといい」という回答が一番多かった。
ア:これからも察し合いの文化を伝えていくべきだ
イ:誤解を招くこともあるので、相手に「察し」を期待しない方がいい
ウ:これからは、きちんと雷葉に出して言うべきだ
エ: 相手や状況によって、禦し合いの会話をするかどうか使い分けるといい
問(1)  文章の内容とグラフが合う組み合わせはどれか。
     1.A:ウ B:エ C:イ D:ア
     2.A:ウ B:工 C:ア D:イ
     3.A:工 B:ウ C:イ D:ア
     4.A:エ B:ウ C:ア D:イ