Menu JLPT / 2002: JLPT-1 (N2-N1)
Japanese language proficiency test
009 - Task 1
Grammar and Reading

 
問題 Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは1・2・3・4 から最も適当なものを一つ選びなさい。
 
世間では、いま、表現教育ということが盛んに叫ばれている。子供たちに、どうにかして、「豊かな表現力」「誰とでも話せるコミュニケーション能力」を身につけさせようと、親も教師も躍起(注1)になっている。子供の方から見れば、表現を強要されているとさえ言える①状況だ。
だがどうも、教える側も、子供たちの方も、「表現」ということを無前提に考えすぎていないか?
いや、いったい、何をそんなに伝えたいというのか?
私はここ数年、演劇のワークショップ(体験型の演劇教室)を、年間で百コマ以上、全国で繰り返して開催してきた。教育の門外漢(注2)に、このような依頼が殺到(注3)するのも、表現教育隆盛(注4)の一つの現れであろうか。
ただ、私が、そういった場で子供たちに感じ取ってもらいたいことは、表現の技術よりも、②「他者と出会うことの難しさ」だった。どうすればコミュニケーション能力が高まるかではなく、自分の言葉は他者に通じないという痛切な経験を、まず第一にしてもらいたいと考えてきた。
高校演劇の指導などで全国を回っているといつも感じるのは、生徒創作の作品のそのいずれもが、自分の主張が他者に「伝わる」ということを前提として書かれている点だ。
私は、創作を志す若い世代に、③演劇を創るということは、ラブレタ-(注5) を書くようなものだと説明する。「俺は、おまえのことがこんなに好きなのに、おまえはどうして俺のことが分かってくれないんだ」という地点から、私たちの表現は出発する。分かり合えるのなら、ラブレターなんて書く必要はないではないか。
日本はもともと、流動性の低い社会のなかで、「分かり合う文化」を形成してきた。誰もが知り合いで、同じような価値観を持っているのならば、お互いがお互いの気持ちを察薙して、小さな共同体がうまくやっていくための言葉が発達するのは当然のことだ。それは日本文化の特徴であり、それ自体は、卑下(注6)すべきことではない。
明治以降の近代化の過程も、価値観を多様化するというよりは、大きな国家目標に従って、価値観を一つにまとめる方向が重視され、教育も社会制度も、④このようにプログラミング(注7)されてきた。均質化した社会は、短期間での近代化には好条件だ。日本は明治の近代化と、戦後復興という二つの奇跡(注8)を成し遂げた(なしとげた)。
しかし、私たちはすでに大きな国家目標を失い、個人はそれぞれの価値観で生き方を決定しなければならない時代に突入している。このような社会では、価値観を一つに統一することよりも、異なる価値観を、異なったままにしながら、その価値観(注9)を摺り合わせ(すりあわせ
)、いかにうまく共同体を運営していくかが重要な課題となってくる。
いま、あらゆる局面で、⑤コミュニケーション能力が重視されるのは、ここに原因がある。「分かり合う文化」から、「説明し合う文化」への転換を図ろうということだろう。
だが、ここに一つの落とし穴がある。
表現とは、単なる技術のことではない。闇雲(注10)にスピーチの練習を繰り返しても、自己表現がうまくなるわけではない。
自己と他者とが決定的に異なっている。人は一人ひとり、異なる価値観を持ち、異なる生活習慣を持ち、異なる言葉を話しているということを、痛みを伴う形で記憶している者だけが、本当の表現の領域に踏み込めるのだ。
 
(平田オリザ「緩やかなきずな⑨」2001年6月27日付毎日新聞朝刊による)
(注1)躍起(やっき)になる:一生懸命になる
(注2)門外漢(もんがいかん):専門家ではない者
(注3)殺到(さっとう)する:押し寄せる
(注4)隆盛(りゅうせい):盛んになること
(注5)ラブレター:自分の恋する気持ちを伝える手紙
(注6)卑下(ひげ)する:自分のことを劣っているとか恥ずかしいと思う
(注7)プログラミングする:ここでは、国が計画し、実行すること
(注8)奇跡:あり得ないほどの不思議な出来事
(注9)価値観を摺り合わせる:多様な価値観の中で合うところを見つけ調整する
摺り合わせる
suriawaseru : compare and adjust 《details》; reconcile 《opinions》; moderate (one's position)
(注10)闇雲に(やみくもに):無闇に(むやみに)
問(1)   ①「状況」とあるが、筆者は今どんな状況だと言っているか。

1.親や教師が子供に無理に表現させようとはしない状況
2.親や教師が子供に相互理解の重要性を教えようとしている状況
3.親や教師が子供にとにかく何かを表現させようとしている状況
4.親や教師が子供に表現することの難しさを教えようとしている状況
  
問(2)  ②「他者と出会うことの難しさ」とあるが、何を指しているか。

1.表現の技術を高めることの難しさ
2.言葉の通じない国で交流する難しさ
3.本当の心の友と出会うことの難しさ
4.言いたいことを相手に伝える難しさ
  
問(3)  ③「演劇を創るということは、ラブレターを書くようなものだ」とあるが、どのような意味か。

1.お互いに分かり合えることを前提にして、演劇を創り上げるべきだ。
2.相手に自分の主張が通じないことを前提に、演劇を創り上げるべきだ。
3.恋人に自分の愛情を 表現するのと同じ気持ちで、演劇を創り上げるべきだ。
4.相手に気持ちを伝える技術を磨くことを目的に、演劇を創り上げるべきだ。
  
問(4)  ④「そのように」とあるが、どのような意味か。

1.個人が生き方を選択できるように
2.誰もが同じような表現能力を持てるように
3.存在する異なった価値観が共存するように
4.国家の目標に合う価値観にまとまるように
  
問(5)  ⑤「コミュニケーション能力が重視されるのは、ここに原因がある」とあるが、その原因とは何か。

1.私たちの心の中には、自分の主張が他者に伝わることはないと考えてしまう傾向があるから
2.異なった価値観がぶつかり合う時、どちらの価値観が優れているか、明確に示さなければならないから
3.現在は、個人がそれぞれ生き方を決定する必要があり、異なる価値観をうまく共存させることが必要だから
4.現在は、国家的な目標がなくなり、共同体としてまとまりを保つために、表現技術に優れた指導者が必要だから
  
問(6)  現在の日本の社会について 、 筆者が述べていることと合っているものはどれか 。

1.「分かり合う文化」から「説明し合う文化」へと向かう途上にある。
2.「分かり合う文化」と「説明し合う文化」がうまく共存し始めている。
3.すでに「分かり合う文化」から「説明し合う文化」への転換を成し遂げたと言える。
4.「分かり合う文化」は今も日本文化の特徴で、人々の価値観は基本的に同じである。
  
問(7)  筆者は 、 自己表現がうまくなるには 、どんなことが条件になると言っているか 。

1.相手に自分の言葉が伝わらなかったと いうつらい経験を持つこと
2.自分の主張が相手に伝わるようにスピーチの練習を何回もすること
3.外国で暮らしたり、外国語を勉強したりした 経験を持っていること
4.自分と相手の気持ちがお互いに分かり合えた経験をたくさん持つこと