(2)調べることと書くことは、もっぱら私のようなジャーナリストにだけ必要とされる能力ではなく、現代社会においては、ほとんどあらゆる知的職業において、一生の問必要とされる能力である。ジャーナリストであろうと、官僚であろうと、ビジネスマンであろうと、研究職、法律職、教育職などの知的労働者であろうと、大学を出てからつく大抵(たいてい)の職業生活のかなりの部分が、調べることと書くことに費やされるはずである。 ①近代社会は、あらゆる側面において、基本的に文書化されることで組織されているからである。
人を動かし、組織を動かし、社会を動かそうと思うなら、②いい文章が書けなければならない。いい文章とは、名文ということではない。うまい文章でなくてもよいが、達意(注1)の文章でなければならない。文章を書くということは、何かを伝えたいということである。自分が伝えたいことが、その文章を読む人に伝わらなければ何もならない。
何かを伝える文章は、まずロジカル(注2)でなければならない。しかし、ロジック(注3)には内容(コンテンツ)がともなわなければならない。論より証拠なのである。論を立てるほうは、頭の中の作業ですむが、コンテンツのほうは、どこからか材料を調べて持ってこなければならない。いいコンテンツに必要なのは、材料となるファクト(注4)であり、情報である。そこでどうしても調べるという作業が必要になってくる。
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(立花隆ほか『二十歳のころ』新潮社による)
(注1)達意(たつい):言おうとすることがよくわかること
(注2)ロジカル:論理的
(注3)ロジック:論理
(注4)ファクト:事実
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