Menu JLPT / 1991: JLPT-1 (N2-N1)
Japanese language proficiency test
009 - Task 1
Grammar and Reading

 
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
 
死体ははたしてだれのものか。
①「自分」のものだとしても、死んだあとでは、所有権を実際に自分で主張することはできない。法的には、そこはどうなっているのか。それを私は、じつは知らないのである。
職業柄、年中扱っている②「もの」の、所有権が不明である。そんなことで、よく仕事が勤まる。そう③怒られそうだが、むろん常識的には、死体は遺族(注1)のものである。
しかし、ちょっとご想像いただくとわかるはずだが、遺族というのは、しばしば単数ではない。遺産相続の場合なら、子供にはすべて、平等の権利があるはずである。「ヴェニスの商人」ではないが、それなら肉何ポンド分の権利が、それぞれの子供にあるか。④そんな議論は、聞いたこともない。
こういう議論自体が不謹慎だ。ひょっとすると、そうお考えになる方があるのではないか。もしそうなら、私としては、たいへん我が意を得たことになる。不謹慎であるとか、世の中乱れるとか、人心に与える影響を恐れる。こういった、かならずしも明確に定義できない常識が、死体に関わる多くの問題の背景となっているからである。
こうした常識を考え、それと戦うことは、けっして容易ではない。私は死体を扱うのが仕事だから、そうは言っても、⑤それを考えざるをえない。死体をめぐって、しばしばトラブルが生じるからである。
こうした漠然とした常識。それの背景を知るためには、じつは日本の文化そのものを追究せざるをえない。私の仕事は、いつの間にか、そういう方向を向いてしまった。
遺族だって、けっして明瞭ではない。しばしば複数の遺族が出現することがあるからである。東京に住んでいる遺族が親の解剖を承諾したが、田舎から出てきた遺族がそれに反対する。こういう例も多い。すでに解剖が始まっているときに、「私は解剖するとは聞いてなかった、じつは反対だ」という親族が現れる。これは、われわれがいちばん困惑するケースである。
事前に十分に調べうと言ったって、よその家族の事情だから、それは困難である。解剖を承諾しますと言っていただくだけで、当方としてたいへん感謝している。そこを押して、「お疑いするようでもうしわけないが、もしかしたら、田舎のご親族で、解剖に反対の方がおられませんか」。そんなことを、きけるはずがないではないか。
遺族に私が殴られたりするのは、⑥こうしたケースである。仕事の上だから、別にどうということはないが、250年の歴史を持つ解剖ですら、この国では、⑦かならずしもきちんとした市民権を得ていないことが、よくわかる。

(養老孟司「死体の市民権」『太陽』No.359平凡社による)
(注1)遺族:死んだ人の家族や親類
(注2)遺産:死んだ人がのこした財産
 
問(1)  文中の①~⑦の問いに対する最も適当な答えはどれか。1・2・3・4から一つ選びなさい。
①「自分」とはだれか。
 

1.死んだ人
2.死んだ人の親
3.死んだ人の子供
4.解剖する医者  
 
問(2)  
②「もの」とは何か。

1.法律
2.権利
3.死体
4.職業  
 
問(3)  
③「怒られそうだが」とあるが、だれが怒られるのか。

1.死体
2.筆者
3.遺族
4.子供  
 
問(4)  
④「そんな議論」とは、何についての議論か。

1.死体を分けること
2.幽子供を分けること
3.遺族を分けること
4.家族を分けること  
 
問(5)  
⑤「それ」に含まれる内容として適当なものは、次のどれか。

1.明確に定義できない常識
2.自分の仕事のやり方
3.死体をめぐるトラブル
4.死ぬことの意味
  
問(6)  
⑥「こうしたケース」とは、どんな場合か。

1.解剖を承諾した遺族に、感謝のことばを言わなかったような場合
2.解剖が始まってから、解剖に反対の遺族が現れるような場合
3.「田舎のご親族で、解剖に反対の方がおられませんか」と聞いた場合
4.遺族全員が解剖に反対している場合
  
問(7)  
⑦「かならずしもきちんとした市民権を得ていないことが、よくわかる」とあるが、文章中の何によって、それが「よくわかる」のか。

1.遺族がしばしば単数でないこと
2.常識と日本文化には関係があること
3.遺族の意見を十分に調べるのがむりなこと
4.遺族に筆者が殴られたりすること
  
問(8)この筆者の職業として、最も可能性の高いものは何か。

1.作家
2.弁護士
3.日本文化研究家
4.医者  
 
問(9)最近筆者はおもにどんなことに関心を持っていると考えられるか。

1.遺産相続に関する常識
2.死体に関わる常識の文化的背景
3.死体に関わる常識の文化的背景
4.解剖技術の発展の歴史